どうもモケリンです。
昨日、本を読んでいて気になったことがありました。
「現代の抱える問題点は、情報の過多ではなく、意見の過多」
コチラの本に書いてありました↓
コロナの影響で、ついついネット検索してしまう時間が増えています。
同じような人はきっと多いはず。
今現在の状況はもちろん、今後の社会がどうなっていくのかという不安。
自分の立ち位置が見えないことで、余計にネットに依存して、新しい情報を仕入れて安心材料を手にしたい。
しかし、ネットを開いて目に入るのは「情報」ではなく、「意見」がほとんど。
誰かの「憶測」を目にする時間のほうが長いんですよね。
大抵の人が発している内容は、悲観的な意見が多いもの。
コロナの影響もあって、現状は楽観視できないのかもしれない。
けれど、「楽観視したらダメ」と人に決められるのもおかしくはないでしょうか?
自分が置かれている状況を冷静に見る。
そして自分の頭で考える。
私たちは、ジャーナリストやインフルエンサーなどに雇われているわけではないのだから。
今回のコロナをきっかけにして、自分の頭で考える癖を改めてつけていきたいと思いました。
「意見」が苦しいという事実を、忘れないでいたい。
発信する自由、信じる自由、不安をあおる自由。
何でもありな状況だけど、自分を守るなら「人に左右されない状態」でいたいですね。
最近思うのが、「コロナ疲れ」って実際は、「人の意見疲れ」なのかもしれない、ということ。
本当に考える必要があることを見極めていきたいですね(それが何より難しかったりするけれどね)。