モケログ

読書を通じて学んだこと、好きなことあれこれどれそれ。

本当に「やりたい」ことを知るために「手のひらを見つめる」

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ネットで情報を追いかける。

読書する。

Voicyを聞く。

 

空いている時間は、何かしらインプットしている私。

(Voicyを聞きながら家事をすることもあるので、空き時間以外もインプットしてるかも)

 

インプットすることは、知識を増やすこと。

そう信じてやってきたんです。

 

でもふと思ったんですよね。

私は本当にインプットしたくて、しているんだろうか?って。

知識を仕入れること、勉強を続けること。

それらをしなくなると、人間はダメだと言われたり、格差が広がると言われたりします。

 

けれどもですよ?

自分が本当に心の底から「やりたい」と思ってやっているのか?

 

「やりたい」かどうかを、自分に問いかける時間を持たない。

その結果、学ぶことを惰性でやってしまっているんじゃないか?

と気づいたわけです。

 

「大人になっても勉強することが大事らしいから、とりあえずやっておこう」

という気持ちでやっている可能性が大きい。

 

これは自分の軸がない証拠でもあるんでしょうね。

自分が何をしたいのか、明確になってない。

 

だからまずは自分が何をしたいのかを、考えること。

その前に、まずは自分を知ること。

自分を知るためには、自分と向き合う時間を作ること。

 

これらを考えると、まず私にとって必要なのは、

「自分と向き合う時間」

であって、学ぶ時間は二の次なんですよね。

 

でもついついインプットを選んでしまうんです。

 

松浦弥太郎さんの『愛さなくてはいけないふたつのこと』の中で、自分と向き合うために、「手のひらを見つめる」という話がありました。

 

 

一時間くらい、自分の手のひらを見つめる。

最初は何にも分からないそうですが、次第に見えてくるものがあるんだとか。

 

自分の心の中が見えてくる瞬間が訪れます。

苦痛、むなしさ、悲しさ、満たされない思い。

すると不思議なことに、安心するのです。「私はここを直せばいい」と分かります。

『愛さなくてはいけないふたつのこと』より引用

 

上記の話は、快楽を求めてしまう現代人の、満たされなさについて書かれているものです。

ギャンブルやお酒に依存してしまうだけでなく、スマホが手放せなかったり、私のように情報を得ることを止められなかったりする人。

 

そういった人たちは、何かしらの満たされない思いがある。

依存してしまうものをやめるためにも、まず自分を知ることが必要。

そのために「手のひらを見つめる」といった方法をやってみたらどうだろうか、と書いてありました。

 

ただただ「手のひらを一時間も見つめる」なんて、考えただけで気が狂いそう。

でもそういう気持ちが、おかしいのかもしれません。

 

何かしていないと落ち着かない。

そういった思い込みが、すでに問題なんでしょうな。

 

頑張って「手のひらを見つめる」時間を持ちたいと思います。